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大阪地方裁判所 昭和43年(む)175号 決定 1968年7月01日

被告人 佐藤吉男

決  定 <被告人氏名略>

右の者に対する兇器準備集合被告事件につき、昭和四三年六月一二日当裁判所が判決の宣告をなしたところ、同月二七日第一審弁護人より上訴権回復の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件上訴権を回復する。

理由

本件申立の趣旨および理由は、弁護人提出の「上訴権回復の申立」書および「上申書」に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

よつて事実を取調べたところ、被告人は昭和四三年六月一二日当裁判所において懲役一〇月の有罪判決の宣告を受け、同日弁護人より当裁判所に対して保釈請求がなされ、当裁判所の同日付保釈決定にもとづき即日検察官による釈放指揮がなされており、右保釈請求の際、さらに同日付をもつて当裁判所に対し、被告人、弁護人両名の連署のある大阪高等裁判所宛の弁護人選任届が提出されている事実は関係各文書の存在によつて明らかである。したがつて、被告人および弁護人において、右判決宣告の直後に控訴申立の意思を有し、これに必要な諸般の手続に及んだことは疑いないが、書面としての控訴申立書は、前記弁護人の上申書の疎明にもかかわらず、右宣告当日はもちろん、控訴提起期間内に受理手続がなされた形跡が認められない。

ところで、本件上訴権者において、控訴提起期間の満了日である昭和四三年六月二六日を徒過する結果を生じたのは、本件弁護人の代人が前記判決宣告の直後に控訴申立書および弁護人選任届を保釈請求に関する書面とともに当裁判所書記官室に持参し提出したことを右代人および弁護人両名が信じて、これにつき何らの疑念も有しなかつたためであることは、前記上申書ならびに当裁判所の取調べた諸事実によつて明らかであるから、右宣告日における代人による控訴申立書の提出の有無が問題となる。この点に関し、右申立書の受理手続がなされた形跡のないことは前記のとおりであるが、通常、控訴申立書が当裁判所に差出される場合の事務手続は、当庁刑事訟廷部事件係においてなされており、当部の書記官室に持参された場合は、同室職員がその持参人に対して右事件係に提出するよう指示しているが、郵送を受けた場合およびその他稀には右職員において事件係へ持参することもあつて、後者の場合には同書記官室において受領を証する形式上の手続はとつていないことが認められる。本件の場合、弁護人はその代人である事務員を通じて当裁判所の書記官室職員に提出したと述べているが、前記保釈請求に関する書面および弁護人選任届の提出については各書面の存在により明らかであつて、控訴申立書のみが存在せず、右職員によつて事件係へ差廻された事実もない。しかし、被告人の弁護人は、事務員をして、被告人が実刑判決を受けた際は直ちに控訴して保釈を得るつもりで控訴申立書を含め必要書類を準備させた上判決宣告の法廷に臨ませ、判決宣告を受けた後直ちにその手続をとらせたことが認められ、かつ、控訴のためのものと認めうる弁護人選任届が当裁判所に届出済になつていることに照すと、控訴申立書も当裁判所に提出したとすることをあながち否定しえないばかりでなく、それが提出されたとの蓋然性はかなり大きいものと考えられ、上訴権回復の許否が被告人の上訴の利益にかかわる問題として有する重大性からみるときは、訴訟手続の厳格、適正の要求を考慮に入れても、なお控訴申立書提出につき疑いを容れない程度にまで立証する疎明責任を申立権者に課することは妥当ではなく、なお疑が残るとしても、本件につき控訴の申立がすでにあつたものと認めるのが相当と思料する。

ところで、控訴の申立が適法になされたのなら、本件上訴権回復の申立はその必要がなく、許されないものとして本件申立を却下することも考えられないではないが、しかし控訴の申立があつたものと認められても、正式に裁判所に受理されておらず、従つて爾後の手続がなされない場合、これを救済する手続は他に見当たらないのであるから、刑事訴訟法三六二条の上訴権回復の手続により上訴権回復を認め、手続を明確にするのが相当であると考える。

よつて、本件申立は理由があるので、主文のとおり決定する。

(裁判官 原田修 井上隆晴 松本克巳)

上訴権回復の申立等<省略>

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